第3回 伊藤ミツ子さん

 諏訪神社、秋の大祭“長崎くんち”。向かいの山、彦山(ひこさん)から3日間の大舞台、踊り馬場に朝日が差し込む早朝7時。神殿に向かって左の大きな楠の上から穏やかな女性の声が聞こえてくる。今回の「愛すべき、長崎人」は、地元民放テレビの開局第一期生で現在はフリーとして大活躍。50余年に渡り長崎の魅力を発信し続けるアナウンサー、伊藤さんに“長崎の魅力”についてうかがった。

伊藤さん「諏訪神社での奉納踊りの実況アナウンスを務めて今年で26年になります。初めは郷土史家の方に基本的なことを教えて頂いたり資料を読んだり、また当時は御健在だった古老といわれる方々にオランダ人が来た時の様子などをうかがったりして勉強致しました。現在は各踊町が始動する小屋入りの6月1日から本格的練習が始まるお盆過ぎ、各踊町につき2、3回は練習を見学に行ったり、各町の上役に話を伺いに出向いたりして取材しています。歴史や演技に関する解説だけでなく、その場の実況も兼ねているので、各町の趣向を凝らした“一番の見どころ”をきちんと把握しておかなければなりませんからね。“いつも私に内緒にしていても観客には伝わりませんから何でも話してくださいね”とお願いして教わっているんです。(笑)」



今年の長崎くんちは終えたばかりですが、一年中祭りが行われているとも言われる長崎のまちきっての大祭、“長崎くんち”の魅力ってどんなところでしょう?

伊藤さん「“長崎くんち”は時代と共に様々な趣向、技を重ねて変わっていくものです。昔は神様に奉納する神事というだけだったのでしょうが、今はその神事であるということを軸に、参加している自分たちが楽しみながらそれを観ている人にも楽しんでもらう、そしてそれを神様に捧げるんだ……というように変わってきていると思います。長く苦しい練習を経て、本番で楽しんでいるからこそ根曳(ねびき)さんや踊り手さんなどの素敵な顔に出会えるんです。また、時間と労力、そしてお金をたくさん使った“長崎くんち”は各踊町、7年に一度しか出番がまわってきません。この稀少価値にも観る方も参加する方も魅力を感じているというのがありますね。最終日である後日、すでに7年後のことを話している踊町も少なくありません。それから、江戸時代の文化が息づく祭りというのも魅力の一つです。“長崎くんち”には江戸の心というべき“粋”“ユーモア”が詰まっているんです。」

では長崎くんちを除いたところで、伊藤さんが感じる長崎の魅力を教えてください。

伊藤さん「仕事で忙しくしているので、なかなかゆっくり町を歩くことも少ないのですが、長いこと俳句を詠んでいるものですから、※吟行はいたします。例えば、中島川に編笠橋という橋が架かっていますが、昔その辺りには遊廓があって、そこへ通う武士が顔を見られないように編笠を深くして渡っていたことから名付けられたと言われています。

ここで詠んだ句が“編笠橋 渡る日傘を深くして”。歴史の匂いに触れながら歩くのが好きですね。それから食べ物ですが……長崎の郷土料理、皿うどんも茶碗蒸しも美味しくて大好きですが、以前主人や親しい友人たちと雲仙に登ったんです。とろろこんぶのおにぎりや、鶏の唐揚げなどをお弁当箱に詰め込んで。その味が未だに忘れられないくらい美味しかったんです。だから思うんですね、食べ物は、素材と対人関係、自分のその時の状態、つまりお腹の具合い、そしてロケーションが大切なんだって。長崎にはそんな素晴らしいロケーションがいっぱいですよね。」



<編笠橋>
※吟行:和歌・俳句をつくるために、名所・旧跡などに出かけること。

それでは最後に観光客、またはこれから長崎に移り住む方へ訪れて欲しい場所など具体的なアドバイスを。

伊藤さん「グラバー園や大浦天主堂など絵はがき的な観光地だけではなく、中島川周辺や寺町界隈、唐人屋敷跡、丸山の花街跡などに訪れてほしいですね。そこに住んでいた人の物語性が潜んでいるなど、何かしら歴史の匂いがするものです。例えば丸山では往時遊女が生活していた世界が石だたみに滲んでいるように思われます。隠れた町の隅々、先人達が辿ったであろう街角の魅力を味わいながら歩いて頂きたいと思います。」

 日本舞踊の解説を中心に50余年のキャリアでもって市内外で活躍する伊藤さん。幕間の限られた時間の語りには、俳句づくりで培った“言葉の凝縮”を役立たせておられるのだとか。熟練されたその適切でわかりやすい解説は、長崎くんちにおいてもしかり。楠の木陰から祭りを盛り上げるその魅力的なお声は、長崎人にとってもはや“風物詩”的存在だ。来年の秋は、長崎くんちの奉納踊りと、伊藤さんの実況を聞きに是非諏訪神社へお越しいただきたい。


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