112 おのぼりさんが行く(後)

旅人になって他所に行ったときに初めて気付く
地元にいてはわからないアレコレその2。
ちなみに、エピソードは
ぜんぶ著者の体験した実話らしいぞ(笑)。


(某駅にて)

(エスカレーター右側に立ち)
さすが東京ばいね、こがん長(なん)かエスカレーターのついと……
あっなんですか、わたしがなんかいたらんことしましたか!
ええっ、右側はのけとかんばとですか?
すす、すいまっしぇん!

……よう見たら、みんな左さん寄っとらすばい。
なしてやろかて思うたら、いまんごと
右側は、急ぐ人ば通すために空けとかんばとやったとたいね。
知らんこつてしながら、こっぱずかしか〜。

そいにしたっちゃ
あがんみんな左ばっかし寄っとったら
しまいには機械のよんごひんごなるっちゃあなかろうか。

《訳》
さすが東京だわね、こんなに長いエスカレーターがついて……
あっなんですか、わたしがなにか悪いことしましたか!
ええっ、右側は空けておかないといけないんですか?
すす、すみませーん!

……よく見たら、みんな左のほうに寄ってるのね。
どうしてかしらと思ったら、いまみたいに
右側は、急ぐ人を通すために空けておかなければならなかったのね。
知らなかったこととはいえ、すごく恥ずかしいわ。

それにしても
あんなにみんな左ばっかり寄ってたら
しまいには機械がゆがんでしまうんじゃないかしら。


(東京某所にて)

うわー、東京タワーのふっとさー!
東京スカイツリーも良かろうばってん
やっぱいうちは、東京タワーがぼっくい好いとるばい。
なんたって高さ333mで、稲佐山ん高さといっしょやもんね。

あれ、そがんしよるまに、なんかもう日の暮れてきた。
旅行中で楽しかけん、時間の過ぎっとの早か。
そいにしたっちゃ、暗(くろ)うなるとの
えろう早か気のするばってん……(時計を見る)
あっ、気のするじゃなくて
本当に日の暮るっとの1時間ぐらい早かとたい!

せっかくやっけん、こいから東京タワーに上って
長崎と違うぺっしゃんか夜景ば見て、帰りましょう。

《訳》
うわー、東京タワーって大きいー!
東京スカイツリーも良いんだろうけど
やっぱりわたしは、東京タワーがものすごく好きだわ。
なんたって高さ333mで、稲佐山の高さといっしょなんだもの。

あれ、そんなことしてるまに、なんだかもう日が暮れてきた。
旅行中で楽しいから、時間が過ぎるのが早いわ。
それにしても、暗くなるのが
えらく早い気がするけど……(時計を見る)
あっ、気がするじゃなくて
本当に日が暮れるのが1時間ぐらい早いんだわ!

せっかくだから、これから東京タワーに上って
長崎と違う平べったい夜景を見て、帰りましょう。



<ワンポイント>

【エスカレーター】
東京は左、大阪は右、とよくいわれるけれども
長崎でそういう乗り方をする者はいない。

エスカレーターの片方を空けるのは
急いでいる人が追い越せるように、との理由だそうだが
長崎でエレベーターがおもに設置されているのは
駅ではなく、文化施設や商業施設などで
前を追いこすほど急いでいる人間が、めったにいないのだ。

長崎人は都会に行っても、ついそのつもりで
エスカレーターにダラッと広がって乗るクセがあるので
都会の人間からは、しばしば邪魔者あつかいをされてしまう。

【のける】
どける。よける。
例/「こん飲んでしもうた酒ビンはのけてよかですか?」
  (「この飲んでしまった酒ビンはどけていいですか?」)

【こっぱずかしか】
ものすごく恥ずかしい。

【よんごひんご】
ぐにゃぐにゃ曲がっているようす。

【ふっとさー!】
「ふとか(大きい)」の感嘆バージョン。
例/「あいやまたこのミカンのふっとさー!」
  (「あらまあ、このミカンの大きいこと!」)

【稲佐山(いなさやま)】
長崎市の西側にある、標高333mの山。
すり鉢状の長崎の街や港が一望できる。
1000万ドルの夜景が見られる名所として知られている。
野外コンサートや、春はつつじ祭りなどでも有名。

しかし終戦までは、軍事機密を守るため
一般人は登ってはならなかったそうだ。
戦後、テレビ塔が建ったのと同じ時期にロープウェイも作られ
いまのような憩いの場と変わっていった、とのこと。

ちなみに、長崎市内でいちばん標高が高いのは八郎岳(589.8m)。
東京スカイツリーは634mであるが
山より高い人工建造物ってどんだけのもんなんだ。

【ぺっしゃんか】
平たい。平べったい。
例/「あいやまたこのカンボコのふとうしてぺっしゃんかこと!」
  (「あらまあ、この蒲鉾の大きくて平べったいこと!」)




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