長崎人の活力! 季節を感じる祭りの音


お座敷に足を運ばずとも、芸者さん達の舞に触れられる機会が長崎の氏神である諏訪神社の秋の大祭「長崎くんち」。四季を通し数々の祭りが目白押しなのが、長崎の町の特徴でもある。長崎人にとって祭りは、最も血騒ぎ肉踊る瞬間で、日々の生活を潤す生き甲斐でもある。なかでも、今でも異国情緒あふれる長崎の風情を醸し出しているのが、古くから交流のあった中国色豊かな祭りだろう。

新しい年を迎えて最初の祭りといえば、中国の旧正月を祝う「長崎ランタンフェスティバル」。寒風吹きすさぶ殺風景な冬景色に極彩色の中国ランタンが施される2週間だけ、町じゅうが華やかな景観に包まれる。メイン会場の湊公園を中心に様々なイベントが行なわれるが、この祭りの皮切りは、中国獅子舞。福を運ぶ中国獅子舞の舞は、爆竹の賑やかな音と共に披露される。



♪ 中国獅子舞
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大陸からの黄砂の訪れと共に暖かな春の風を感じはじめる4月になると、市街地を取り囲む山々(唐八景、稲佐山、風頭山)で「ハタ揚げ」が行なわれる。ビードロ・ヨマと呼ばれるガラスの粉をつけた凧糸で周囲のハタを切り落とす喧嘩凧。長崎のハタ揚げは子どもの遊びではなく、年を重ねた年配の方こそ、熟練の技が光る大人の遊びなのだ。
長崎のハタ揚げと同様なスタイルがインドにもあるそうだが、長崎にこのハタ揚げが伝わったのは、鎖国中の江戸中期ごろ(1600年代)といわれている。ルーツとしては、出島のオランダ人の従者として来崎したインドネシア人らが伝えたなどのほか諸説あるが、江戸時代は「金持ちの道楽」に近く、ハタ揚げ見物をしながら、太鼓や三味線を鳴らし、芸者の酌で酒を酌み交わす、いわば、花見風情の遊びだったようだ。海から吹き上がる春風に乗って、幾多のハタが舞い上がる景観は圧巻そのもの。そして、喧嘩に勝ち、相手のハタが切り落とされると、周囲から力強い歓声が湧く。「ヨイヤァー」。その瞬間に、子ども達は羨望の眼差しで勝者となった大人を見つめるのである。

国内外の帆船が長崎港に集う「帆船まつり」は、毎年ゴールデンウィークの周辺に開催される(平成22年は7月に開催)。これは、約10年前にはじまった比較的新しい祭りだが、かねてより美しい入江の長崎港に入港した数々の貿易船(帆船)によって培われてきた長崎の町の歴史を考えると、遠い昔の風情を偲ぶ、浪漫に満ちあふれた長崎人のDNAをくすぐる祭りともいえる。
「入港パレード」や「出港パレード」につめかける人々の胸の内には、きっとそんな幻想もあるのだろう、海上を気高く進む帆船には、数多の熱視線が浴びせられる。そして最終日。それぞれの帆船が互いに汽笛を鳴らして別れを告げる光景には、なぜか胸に染み入るものがある。わずか数日のこの催しに、出逢いと別れを繰り返す人生のドラマを感じる汽笛。美しい長崎港の存在を再認識する音が響き渡る。今年は「海フェスタ」と同時開催のため、真夏の開催が予定されている。



そんな歴史と浪漫あふれる長崎港を舞台とした祭りがもうひとつ。夏の始まりに行なわれる「長崎ペーロン選手権大会」だ。ペーロンとは、中国南部から伝わった競漕で、太鼓とドラの囃子に合わせ、掛け声勇ましく船を漕ぎ速さを競うもの。
主に漁港で栄えてきた入江の町々で継承され、これらの地では、初節句を迎える男児をペーロン船上で披露するのも伝統となっている。太鼓とドラのリズム、それに合わせた「よーいさー」という掛け声に合わせて櫂(かい)で力強く水をかいて前へ進むペーロン競漕。この太鼓とドラのお囃子隊のリズムは重要で、彼らの打ち方一つで櫂さばきも違ってくる。スタート、追い込みなどレース展開で変化をみせる囃子のリズムと、それに合わせ一心不乱に漕ぎながら変化する漕ぎ手の掛け声は、観客の興奮を最高潮に押し上げる。

同時期に夏のはじまりを告げるのが、各地で行なわれる「花火大会」。長崎人はことのほか“花火”に目がなく、花火が打ち上がるイベントとなると、客足が伸びる傾向にある。「長崎ペーロン選手権大会」と同時開催の「長崎みなとまつり」の花火は海上から打ち上げられる。港周辺以外、高台の家々や公園、道路などからも見渡すことができるため、花火大会の際も、長崎港が舞台となる。「ドーン」の音と共に、皆さんどうぞカーテンを開けて…「たーまやー」。


長崎の夏は、祭り気分だけではない。広島の8月6日午前8時15分、長崎の8月9午前時2分、そして、8月15日正午、終戦記念日。黙祷を捧げる「1分間のサイレン」に交差するように、教会の鐘の音がこだまする。“鎮魂と誓い”の音が、街中に響き渡るのだ。その音は、平和祈念式典に参列する人々も、その様子をテレビ中継で見ていた人々も、歩行中の人々も、登校日の学生達も、多くの人々が確実に“戦争と平和”に向き合う瞬間。長崎の町は、いつも永遠の大きな課題と向き合っている。

夏といえば、全国的に花火の季節。しかし、長崎での花火の位置づけは、他県の方にとっては理解不能のひと言かもしれない。なにせ長崎は、盆の三日間で3億円以上も花火を消費するといわれる町なのだ。この花火へのこだわりは、幼い頃からお盆の墓所で培われ、代々受け継がれていくもの。それも線香花火などとやわなものは花火にあらず、長崎で花火とは「爆竹」、または「矢火矢」というのが常識だ。長崎には「盆祭り」という言葉があるように、年に一度、先祖の霊を迎え供養するお盆でさえも、お祭り気分が顔を覗かせ、墓所でドンパチ、花火に興じる。しかし、これにはれっきとした意味がある。中国で爆竹は、正月や結婚式などの祝事はもとより、引っ越しや葬儀など、人生の節目において鳴らされる。厄よけの意味もあるという。耳をつんざく爆竹音で、観光客を驚かせる「精霊流し」も、毎年、全世界の諸霊を招き入れ供養する崇福寺の「中国盆会(普度蘭盆勝会)」において、霊を送る時の金山銀山などを燃やす際に鳴らされる爆竹も、初盆を迎え、失った家族と訣別する節目、諸霊を尊び、無事に送り出す節目ということだ。長崎のお盆に響き渡る爆竹音には、いろんな思いがこもっている。


♪ 精霊流し
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爆竹繋がりでいうと、「長崎くんち」の龍踊りにも爆竹は欠かせない。ラッパや太鼓(龍囃子)などに加えて盛り上げるのが、爆竹なのだ。さて、そんな龍踊りに出会える諏訪神社の秋の大祭「長崎くんち」から聞こえてくる音といっても、77 ヶ町の中で毎年、奉納する踊町が変わるため、それら全部を紹介するわけにもいかないが、この龍踊りを奉納する町は、4ヶ町あり、特別出演も含めてほぼ毎年どこかの町が奉納する。6月の小屋入りからはじまる稽古も、8月のお盆過ぎからピークとなり、毎夜、踊町近辺では龍囃子が聞こえてくる。


♪ 龍囃子
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はたまた傘鉾持ちの稽古も、盆過ぎから本格的だ。この時期、長崎人の大好物、長崎くんちのシャギリが聞こえてきたら、傘鉾持ちの方々の稽古場近くかも? 各演し物の掛け声を簡単にいうと、鯨の潮吹き「ヨッシリヨイサ、ヨッシリヨイサ」川船の「ヨッセヨッセ、ヨーヤーセ、アーヨーイヤサ」鯱太鼓の「ホーライコ」太鼓山(コッコデショ)の「ホーエンヤホーランエーエーヨイヤサノサ&コッコデショ」などなど。長崎くんちの演し物の魅力の一つは、担ぎ手、根曵き衆のこの声。間近で聞くと男声の雄々しい響きに、思わずウットリなのだ。また、くんち本番!必ずどこかの本踊りで奉納される「ぶらぶら節」に合わせ、桟敷席、長坂連が一帯となって歌う大合唱も醍醐味のひとつ。まぁ、断トツの音といえば、何といってもシャギリで、長崎人はほとんどパブロフの犬状態なのだが…。いやはやくんちが繰り広げる音の世界はひと口では語れそうもない。

♪ ぶらぶら節
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♪ 長崎しゃぎり
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さて、そんな長崎くんちが終わると、すぐにやってくるのが、毎年10月14、15日に行なわれる若宮稲荷神社の大祭「竹ン芸」。奉納されるのは、白狐(雄狐、雌狐、子狐)による、文字通り竹を用いた芸、曲芸である。この起源も、もともと唐人屋敷で行なわれていた羅漢踊(らかんおどり)だといわれ、白狐に扮した人が数十mの2本の青竹の上で竹ン芸囃子に乗って逆上がり、大の字、逆さ降り、扇などいろんな妙味を見せる。解説の方がマイク越しに発する「よいしょ、よいしょ」という軽妙な掛け声がなんとも独特で、なんだか郷愁を誘う。それに合わせ、次々と展開する技の披露に、見上げる大勢の観客は「オーッ」「ホーッ」と歓声をあげる。14日は午後2時〜と午後8時〜の2回、15日は正午〜、午後3時〜、午後8時〜と3回。1年に5回のお楽しみ。長崎くんちのシャギリとはひと味違う竹ン芸囃子も、なかなかお祭り気分を満たしてくれるものだ。

自然が生みなす音、人工の音、掛け声や歓声、歌声などの人間が創りだす音。こうして、意識的に「長崎の音」に耳を傾けてみると、音の傍らに、長崎の歴史と共に歩んできた人々と、その人々の暮らしを感じることができる。耳を澄ませば、観光客の方にとっては「新鮮な」、地元の人にとっては、「愛おしい」、長崎の町には、いつもそんな「音」にあふれていることが実感できるようだ。
 

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