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ながさきの「食」 ながさき伝統野菜

更新日:2013年3月1日 ページID:008974

ながさき伝統野菜

海を渡り、長崎で育った伝統野菜と長崎生まれの伝統野菜

鎖国時代の唯一の貿易港として繁栄し、古くから海外文化の影響を受けていた長崎。食生活も同様に文化交流の中で西洋文化の影響を受け、今に伝承される郷土料理がふんだんにあるのも長崎の特徴の一つです。そんな長崎の郷土料理に昔から使われているものが「ながさき伝統野菜」。伝統野菜には長崎生まれのものや、海外から伝わり、長崎の限られた地域で育てられたものがあります。

ながさき伝統野菜の復活

ながさき伝統野菜は、一年中手に入る画一化された一般の野菜とは異なり、独自の味、香り、風味を持っているのが特徴です。しかし、一方で栽培に手間がかかったり、病気に弱くデリケートな野菜であることも否めず、生産現場から姿を消しつつありました。しかし、食の安全性や地元の食材を使った「食育」などが注目されている現在、ながさき伝統野菜の良さや安全性をもう一度見直し長崎の財産として食卓へ甦らせようという動きが大きくなっています。また、生産者、農業関係団体、食関連団体及び消費者の協力のもと、ながさき伝統野菜が長崎の農業の活性化、そして地産地消の面でも大きな役割を果たしていくと期待されています。

辻田白菜長崎赤かぶ唐人菜長崎たかな紅大根

辻田白菜

辻田白菜の特徴 ~当時日本初の結球する白菜で、葉肉が厚い~

辻田白菜
辻田白菜

名前は、創始者である辻田長次郎氏に由来。
日本の結球白菜のくさわけで、当時の白菜としては、大型で丸く結球し葉肉が厚く、漬物用として珍重されました。
全国的な広まりのなかで、戦前戦後にかけて全国を風靡し、漬物や中華料理等に利用されていましたが、耐病性・生産性のある品種改良された白菜に押され、消費・生産が減少しました。

辻田白菜の過去

はくさい類は、明治37年頃から中国の品種が長崎県内で栽培されていました。そのうちの一品種(芝罘)より採種したものから、やや早生で品質が優れ、結球率の高い系統を選抜し、故辻田長次郎氏が大正8年に育成したものが「辻田白菜」です。それまでは、代々辻田氏が採種程度の規模でしか栽培していませんでしたが、県内業者等の協力を得て、西山木場町でその復活をめざした取り組みが行なわれています。

長崎赤かぶ

長崎赤かぶの特徴 ~鮮やかな紫赤色で、肉質がやわらかいカブ~

長崎赤かぶ
長崎赤かぶ ※写真提供:八江農芸(株)

性質に多少バラつきがあるものの、根部の光沢のある紫赤と根先の白味をおびた色は絶妙で、肉質はやわらかく、独特の風味と香りがあり、三昧漬け・漬物・なます・煮物等で食されます。漬物・酢の物などでは、紫色を出す アントシアンが白い肉をピンクに染め、色調が実にみごとです。昔は、8月に種をまき、10月に収穫する“くんちなます”としても使われていました。

長崎赤かぶの過去

長崎赤かぶの歴史は古く、来歴はいま一つ明確ではありませんが、ツンベルグの日本紀行(1775~1776)では洋種と記載され、熊澤三郎の蔬菜園芸各論(1956)では平戸の木引カブを移したものとされていたり、また、もっと古い時代から栽培されていたとも考えられています。現在も長崎市木場町ほかで多く栽培されていますが、古く「片渕カブ(根部の先まで紫赤に着色する)」と呼ばれ、同じタイプの白菜類と交雑しやすいのに現在も残っているのは、片渕地区の小さく入り組んだ地形で隔離されていたのが幸いしたとされています。 明治32~36年の試験場業務功程でカブの数種と品種比較がなされ、聖護院カブと比較して、劣等であるとされましたが、大正15年までの選抜により品質良好と推奨され、それが、戦前戦後と農家の方々の種の保存と改良で保持されてきたものであります。

長崎白菜(唐人菜)

長崎白菜(唐人菜)の特徴 ~半結球性で、葉はやわらかく外開きの白菜~

長崎白菜(唐人菜)
長崎白菜(唐人菜) ※写真提供:八江農芸(株)

別名「唐人菜」として知られる長崎白菜。他の白菜と比べて結球せず、葉は立ち外開きになります。早生・晩生があり、葉色は黄色がかった緑色でシワが入り、晩生ほど濃緑とシワが顕著になります。やわらかい葉と独特な風味で、豪華な具雑煮である長崎の正月雑煮に使われ、長崎の食生活に深くなじんだ白菜です。間引き菜は浅漬け、生長後は漬物・鍋物・おひたし・油炒め等にも活用されます。唐人菜ぶらぶら漬は、前田安彦著「新つけもの考」で高い評価を受け、有名です。

長崎白菜(唐人菜)の過去

長崎白菜は中国山東省から伝来したとされ、中国のヒサゴナ・江戸唐菜の土着種であることが農林水産省野菜試験場久留米支場で明らかにされていますが、その由来は定かではありません。また、熊澤三郎の蔬菜園芸各論(1956)では中国のターサイと同一の群に区分されています。なお、広川カイの長崎聞見録(1797)において、「唐菜」の記事が記載されているものの、その記載図は長崎白菜とは似ていないともされています。明治10年頃長崎市の橋本泰吉が栽培を始め(明治38年度農事試験成績報告第8号に記載)、その後、明治31年に長崎市中川町に開設された農事試験場で早生・晩生の2系統を選抜しています。また、大正期にかけて長崎市内で栽培の広がりをみせ、現在でも、西山木場地区、茂木地区等で生産されています。以来、漬物として、また長崎雑煮に欠かせない「唐人菜」として市民に親しまれてきました。

長崎たかな

長崎たかなの特徴 ~たかな類で最も葉がやわらかく、香味が高い~

長崎たかな
長崎たかな ※写真提供:八江農芸(株)

葉がちりめん状に縮んで細長く、緑に紫色を帯び、茎は丸く細く、草丈は60~70cm前後になります。葉数は少ないですが1株1kgを超え、現在多く消費されているたかなよりアントシアンが弱く、香味が高いからしな風味がします。 漬物としては、浅漬けで鮮やかな青色をみせ、発酵してべっ甲色になる本漬けでも楽しめます。若採りした浅漬けがマイルドな辛味・香り・うまみが生きて、長崎たかなの特徴が顕著にでるとされますが、本漬けは、炒め物やラーメンの具にも使うことができます。

長崎たかなの過去

たかなは、野沢菜・広島菜と合わせて、日本の三大漬け菜とされ、西日本では代表的な漬け菜となっています。長崎たかなは、長崎市近郊で作られている在来種で、現在一般消費されている三池たかなよりもアントシアンが弱いです。長崎たかな系の古い記録としては、広川カイの長崎聞見録(1797)には、「タカナは長崎に多く、他所の地では逢わない。長く漬けたものがよい。・・・・・」とあり、葉の形等は現在の長崎たかなに近い形をしていました。明治時代にも栽培されており、戦前前後にかけ、その香りの高さと独特のうま味で人気を集めたが、漬け上がりの褐変化により、長野産の野沢菜に押され、三池たかなより少収量・耐病性等の問題もあいまって、消費が減少してきました。

紅大根(あかだいこん、べにだいこん)

紅大根の特徴 ~長崎の節分料理食材として利用・赤鬼の腕 ~

紅大根
紅大根

「赤鬼の腕」に似ているところから、この紅大根を食べることで鬼を退治する意味があると言い伝えられており、長崎市内では節分料理の食材として古くから利用されています。皮膚の弾力を保つコラーゲンの合成を促進するアントシアンを含み、ビタミン類をはじめ消化を助けるジアスターゼなどの酵素が豊富、葉にもカルシウムや鉄分などのミネラルが多く含まれているなど、栄養価の面からも食材として魅力があります。葉から根先までで30cm以上になり、根部は鮮紅色で、果肉にも紅色の筋が入ります。

紅大根とはその形状から来る俗称で、本来はカブの一種です。

紅大根の過去

長崎では、江戸時代より節分の祝いのさかなに、紅大根の酢の物と金頭の煮つけを食べる風習があります。カブの一種ですが、形が大根のように細長いため、俗称として古くからその名で親しまれています。今、栽培されているものは、戦前から長崎市田中町(中尾地区)で受け継がれてきたもので、地区の数少ない農家が種を保存してきたものです。ただ、自然交配等により大きさや色等の性質にバラつきが生じているため、平成15年から旧JA東長崎が主体となり、種の固定化、生産普及及び活用方法の検討などに取り組んでいます。さらに、平成17年9月には、原種保存会を発足させるにいたっています。

お問い合わせ先

水産農林部 水産農林政策課 

電話番号:095-820-6562

ファックス番号:095-827-6513

住所:長崎市金屋町9-3(金屋町別館3階)

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