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都市間の交流 ミデルブルフ市

更新日:2017年5月29日 ページID:004942

都市間の交流 ミデルブルフ市

ミデルブルフ市ミデルブルフ

  • 面積:53平方キロメートル
  • 人口:4.7万人
  • 提携:1978年(昭和53年)10月17日
  • 特色:オランダ西南部の政治経済中心地、観光都市

街の紹介

ミデルブルフ市の地図ゼーランド州州都であるミデルブルフ市は、12世紀にできた人口4万人の、歴史的な古い街並みと新しい建物が調和した美しい街です。

1940年5月17日にドイツ軍の襲撃を受け、町の中心部の大部分が破壊されましたが、第2次世界大戦終結の前には既に修復計画を立て、熱心に復元を行いました。現在も、旧市街の中心には市庁舎と修道院があり、1100を越える記念碑と共に、国際的にも都市修復の模範として知られています。

歴史的繁栄と共に、現在もワルチェレン島およびゼーランド州の政治経済の中心的機能を果たしています。

締結のきっかけ

ミデルブルフ街の様子アムステルダム市などとともに、オランダ東インド会社を設立した6都市のひとつとして繁栄し、鎖国時代、出島へ入港したオランダ船の母港で、歴史的なつながりがある。
在日オランダ大使館、駐長崎オランダ名誉領事を通じて、提携申込を受け、歴史的なつながりをもとにして提携。
(1978年(昭和53年)3月25日に長崎市議会全員協議会で承認、1978年(昭和53年)2月20日、ミデルブルフ市議会で決議)

交流の状況

時期

主な交流状況

1978年(S53)

・高比良 博 助役一行がミデルブルフ市を訪問し、姉妹都市提携締結。

1979年(S54)

・長崎市民親善使節団一行がミデルブルフ市を訪問。日本伝統文化のお茶、生け花、日本舞踊等を披露。

1982年(S57)

・ミデルブルフ市で原爆写真展を開催。

・長崎オランダ親善協会創立10周年を記念し、使節団一行がミデルブルフ市を訪問。

1983年(S58)

・P・A・ウォルターズ市長一行が来崎。平和公園へ平和モニュメント「未来の世代を守る像」を寄贈。

1988年(S63)

・ガーボヴェルデ共和国の教育支援等にミデルブルフ市姉妹都市3市とともに取り組む(平成7年まで)。

1989年(H1)

・ミデルブルフ市の高校生6名が交流プログラムの一環で来崎。

2000年(H12)

・日蘭交流400周年記念「日蘭親善サッカー交流大会」を長崎市で開催。

・「ながさきジュニア世界見聞録訪問団」がミデルブルフ市を訪問。

2013年(H25)

・長崎市において姉妹都市提携35周年記念イベントを開催。

歴史とみどころ

ミデルブルフ市9世紀にバイキングがヨーロッパの海岸線を荒らしていたとき、ワルヘレン(ミデルブルフがある半島)には3つの防護拠点が築かれました。ドンブルグ(Domburg)は北に、スーブルグ(Souburg)は南に、そして真ん中にミデルブルフ(Middelburg)です。ここを基点に小さな村々が集まり、後に修道院が建設されました。川のほとりに位置し、この川は街の発展に寄与しました。
記録によると、1217年にミデルブルフは町として公認されました。

ミデルブルフ市ミデルブルフの最初の黄金期は中世(16世紀)にやってきます。商業活動を拡大し、極東、中南米へと進出していきます。ミデルブルフで巨万の富を築いたのは、東インド会社(VOC)です。市民にも利益が還元されていたことは、町に残る美しい建築物が物語っています。
例えば、londesekaai と rouaansekaai通りには、商人の豪華な住まいが立ち並び、町に華やかさを添えています。

ミデルブルフの市場1940年5月17日は、ミデルブルフにとって悲しい日です。
ドイツ軍の爆撃により、町は大きな被害を受けました。市庁舎、修道院などの多くの歴史的建造物、そして街の大部分が破壊されました。
幸いにも、ミデルブルフは歴史的な雰囲気を維持する為、改修と復元の巨大プロジェクトに取り組んだおかげで元の姿を取り戻すことが出来ました。
町は今でも黄金時代の雰囲気を残しており、見る価値のある歴史的建造物が沢山あります。

市庁舎(Stadhuis)

市庁舎町中心部に位置する美しいゴシック様式の市庁舎は、ベルギーのメッヘレンから呼んだ有名な建築家ファミリー ケルダラマンス(keldermans)によって、1452年から1458年にかけて建てられました。

毎週木曜日に、市庁舎前で市場が開催されます。新鮮な野菜や酪農品が店頭に並び、朝から人で賑わっています。

修道院(Abdij)

修道院12世紀に建設されたこの修道院はこの地域では一番大きいものです。また、オランダ国内で唯一町中に建設されています。

ファン デ ペレハウスと中庭広場(Van de Perrehuis, Hofplein)

ファンデ ペレハウス18世紀に建てられたこの建物の最初の所有者ファン デ ペレから名づけられています。現在は、改修され古文書館(Zeeland Archives)として使われており、近代的な別館も作られました。

東教会(Oostkerk)

東教会1667年にミデルブルフで初めて建設されたバロック様式のプロテスタント教会。 オランダ国内でドームがある教会は4つあり、そのうちの1つ。

目を引くのは、正面玄関上にある骸骨の彫刻です。悲惨な死を迎えた男を表しており、道徳を厳しく説いています。この教会の建設資金はビールとワインの税金だそうです。

カウスパースポールトの倉庫群(Warenhouses in the Kuiperspoort)

カウスパースポールトの倉庫群1586年に門の入口部分が建てられ、カウパースの職人連合が1642年に買収。当時、樽と桶は入れ物として汎用されていたため、職員連合は活気に満ちていました。 カウパースポールトは、網目状の路地、古い倉庫群、美しく修復された階段状の切り妻屋根、秘密の小路を、覗き穴など絵のように美しい街並みは、ミデルブルフの隠れた宝物の1つです。

豆知識

望遠鏡

今から約400年前の1608年、最初の望遠鏡を世に送り出したのがミデルブルフ出身のハンス・リッペルスハイ(Hans Lippershey)と、ツァハリアス・ヤンセン(Zacharias Jansen)です。
彼らの発明は当時の概念を根底から覆すものとなりました。例えば、地球が丸いこと、地球が太陽の周りを回っていること。そして、新しい発見をもたらしてくれるきっかけとなりました。

2009年は国際天文学年。ミデルブルフでも天文学に関係ある施設で様々なイベントが開催されました。

お問い合わせ先

文化観光部 国際課 

電話番号:095-829-1113

ファックス番号:095-828-8929

住所:長崎市桜町4-1(長崎商工会館4階)

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