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開館時間

AM9:00~PM5:00
(入館受付PM4:30まで)

休館日

12月29日から1月3日まで

観覧料(個人)

一般360円、
小・中・高校生200円

観覧料(団体)10人以上

一般260円、
小・中・高校生100円

長崎市遠藤周作文学館

〒851-2327
長崎県長崎市東出津町77番地


TEL:0959-37-6011
FAX:0959-25-1443

email:endoshusaku_seitan100

@city.nagasaki.lg.jp

第3回文学講座(H19.7.28)


題目
遠藤周作と長崎
講師
奥野政元氏(活水女子大学)

 平成19年7月28日(土)14時より「遠藤周作と長崎」と題し、奥野政元教授(活水女子大学)による文学講座を開催いたしました。

 当初、7月14日(土)の開催を予定していましたが、台風4号が接近中であったため延期といたしました。日程の変更があったにも関わらず、当初受講予定であったほとんどの方(40名)に受講していただき感謝申し上げます。

 講座は、キリスト教の価値観からは異端的とされてきた『沈黙』が、いかに正当なキリスト教思想を表しているかということを眼目に展開され、その根拠として、①罪と赦しの関係が、作品内部で時間的経過をもって描かれていること②中世スコラ哲学の根本となる「円環構造」が作品内部に表れていること
が示されました。

 また、「宣教師であるロドリゴが踏絵を踏んで悦びを感じる」という場面が問題視され、糾弾されてきたのですが、作品を精読すれば、ロドリゴは踏絵を踏んだ後、かなりの時間を経て悦びを感じたと描かれていることに気付くことができ、その意味を読み解かなければならないということです。つまり、この場面は、批判を受けたような「背教の肯定」や、「踏絵を踏んで悦ぶ」といった倒錯した性癖を表したものではなく、「罪」と「悦び」が同時発生的ではなく時間的経過を持って描かれているのであるから、この「悦び」と「踏絵を踏む罪」が、中世スコラ哲学を代表するトマス・アクィナスに見られる「罪があれば赦される」という神によって赦された「悦び」を示した部分であるということです。

 そして、そのことを補強するかのように、踏絵を踏んだ後のロドリゴが、幕府に捕えられ、「長崎」の各地を引き回される場面の構成を辿ることによって、目に見える形で、もう一つの根拠が提示されました。踏絵を踏んで棄教したロドリゴは「外海⇒横瀬浦⇒大村⇒長崎」と見事に円を描いて動かされており、この部分が、キリスト教の根幹をなすスコラ哲学の「円環構造」を描いていることと重なり、やはり、ロドリゴは「異端」などではなく、むしろ「正統なキリスト教」を背負っているものと読み解くことができるのです。

 ロドリゴが、最後までキリスト教を棄てていなかったことは、今までも「切支丹役人日記」の記述をもって指摘されてきてはいましたが、このような形での斬新な指摘は大変興味深く、受講後のアンケートに「昼食をとったばかりで眠くなるかと心配したが、奥野先生の話が面白すぎて、バッチリ目が覚めました」などの声が寄せられるほどであり、正に眠気も吹き飛ぶ新鮮な講義でした。