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第29回文学講座(H27.4.26)

題目
浦上四番崩れと『女の一生〈第一部・キクの場合〉』
講師
奥野政元氏(活水学院院長)

 平成27年4月26日(日)、文学館開館15周年記念事業「『女の一生』さし絵版画展」に関連して、「浦上四番崩れと『女の一生〈第一部・キクの場合〉』」と題してお話いただきました。

 「浦上四番崩れ」というのは、1867年4月、浦上村山里本原郷茂吉が死去した時、檀那寺である聖徳寺に無届で自葬したことからはじまりました。キリシタンたちが幕府の基本法であった寺請制度に背くことを承知で檀那寺との関係断絶の申立てをし、信仰を表明した結果、激しい検挙が始まり、キリシタンたちは全国各地に流配され、信徒たちは後にそれを「旅」と呼びました。
 まず奥野氏は、この激しい検挙・流配の中で最後まで信仰を守り抜いた高木仙右衛門について「農民でありながら、近代の日本の中でも知識人にはできなかった信仰の純潔を最後まで守り抜いた。権利や人権という言葉がない時代に、人格の自立を証明した数少ない例である」と指摘。さらに、高木に注目し高く評価した大佛次郎著『天皇の世紀』について言及されました。また、遠藤が「浦上四番崩れ」を題材として取り上げた意図の中には『天皇の世紀』でも描かれたように、高木の人間としての意味、民衆の信仰の力を強調したいというものも当初あったのではないか、と述べられました。
 次に『女の一生』の作品について、奥野氏はキクとキリシタンたちを苦しめる敵側の幕府の役人として描かれた伊藤清左衛門が、端役から重要人物に躍り出てくることに触れ、伊藤の根底にある問題が遠藤文学の本質であり、それは遠藤と母との関係につながっていることを解説されました。
 最後に奥野氏は「絶えず神と向き合うことによって、自分の信仰を問われ、(信仰を)鍛えていくというのが遠藤さんの望むところであった。だから伊藤の問題というのは、いつも否定的に神と向き合っているという点において非常に人間の罪のリアリティーというのをあらわしている」と語られました。
 定員40名を超える多くの方にご参加いただき、アンケートには、奥野氏のユーモアを交えたわかりやすいお話に「興味深い内容だった」「アンコール希望!」という声が多数ありました。また、奥野氏は度々「どうですか?」と受講者に問題を投げかけてくださっていたので「信仰とは何か、考えさせられました」という声もありました。「浦上四番崩れ」、『天皇の世紀』を踏まえた上で改めて『女の一生』を読み直すことで、遠藤の信仰に触れる有意義な時間となりました。